1937年大阪府に生まれた中辻は、高校を卒業すると同時に株式会社阪神電鉄百貨店部に入社し、のちに宣伝課でグラフィックデザインを担当するようになります。仕事の傍ら美術サークルに入り、人体デッサンを中心に油彩作品などを制作しました。「第5回現代日本美術展」に出品した1962年に退職し、創作活動へと入ります。
その翌年に東京画廊で行った個展で、〈ポコ・ピン〉と呼ぶ愛らしくも異様な存在感を放つ様々な形態の人形(ひとがた)のオブジェを展示し、以来絵画や絵本、立体作品など多数の媒体で「ひとのかたち」に注目した作品制作を現在まで継続して行っています。人形(ひとがた)の制作は自身の息子のために作ったことがきっかけで始まりました。頭と体の境目がない細長い体に同じく細長い足、鼻と口はなく、点であったり、ぎょろりとしていたりする目、個性豊かな髪の毛といった要素で成り立つ人形(ひとがた)。愛らしさと異様さが混在しながら強い存在感を放っています。
70年代中頃からは、顔の輪郭や目の輪郭のみでひとのかたちを構成する平面作品の制作を展開しました。「眼で語る」という言葉の存在を裏付けるかのように、これらの作品は静謐でありながらも雄弁です。描きこみの少ない表情や量感の伴わないかたちは、実体がなく虚ろであるが故の底知れなさを提示します。目を表現する点、穴は、立体も平面も、空間や風景さえも「ひと」のイメージ、生命のイメージへと昇華させる力を持ちます。中辻はその力を巧みに用いることで、虚ろであることの豊かさを表現しているのです。また近年の絵画作品には、目の無いひとのかたちも登場します。有機的な曲線と直線、少ない色使いで構成されたかたちはさらに研ぎ澄まされ、観る者を引き込み、内包し、「ひと」、ひいては「肉体」の持つ、器としての機能を思い起こさせます。それは同時に、器に収まらない人間の無限の意識の存在にも気づかせられる体験でもあります。